ひとを愛するものは


  


 ひとを愛するものは
              
ひとを愛するものは無限をもつ
無限の悦びと 無限の寂寥をもつ

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きみは五月の風にそよぐ麦畑だ
その畦に舞い降りる雲雀だ ぼくは

きみは雪渓のほとりのお花畑だ
そこを登ってゆく山男だ ぼくは

きみは 夜どおしからからと鳴る
落ち葉だ ぼくを眠らせはしない

きみは 雪のかがよう谷間だ
そこで餌をあさる鴉だ ぼくは





ぼくは春先の 雪どけの雨だれだ
夜どおし きみのうえに滴り落ちる

ぼくはシューベルトのさすらいびとだ
きみの岸べを さまよいくだるのだ

きみは 杏の花に埋もれた山裾の村だ
訪ねてゆくほどに また彼方へ遠ざかる

きみの夢のなかに入りたいと希いながら
屋根のうえをさまようのは ぼくの影だ

きみは 果てしない青い海だ
ぼくは 遠く泳ぎ疲れて溺れるのだ

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言わないでくれ 音楽のない言葉は
語らないでくれ 酩酊のない散文は