大島博光全詩集 詩集・ひとを愛するものは

  アラゴンへの挽歌

   

 アラゴンへの挽歌
            大島博光

いつも 仰ぎ見ていた
樫の大樹が 倒れた
いつも 耳かたむけていた
遠い角笛が 鳴りやんだ

きのう モンパルナスからバスチイユヘ
反核平和デモの 先頭を歩き
「鳩よ わたしは笑うことも
死ぬこともやめた つらくとも」

そう 歌ったばかりの詩人は
いまや 夢みることをやめた
あの多くを見た 眼と記憶も
いまや すべてを忘れてしまう

偉大な兄貴 アラゴンよ
一九二〇年代の パリの夜を
さまよいあるいた きみは
夜の暗さを 嘗(な)めつくした

内なる闇 外なる闇からついに
きみは 太陽を探しあてた
かつての絶望者は うたった
「人生は生きる値うちがある」

幸せな恋びと アラゴンよ
クーボールの 酒場に始まる
きみとエルザの 恋物語は
のちの世の 語り草ともなろう

きみはエルザヘの愛の歌を
愛の力 幸福のありかを
倦むことなく 歌いつづけた
ローラの ペトラルカのように

そしてすべての 根もとに
愛を置いた きみにとって
愛と革命は 同義語だった
そして「女は男の未来なのだ」

偉大な同志 アラゴンよ
この世界を 変えるためには
おのれを 人間を変えること
きみは その模範となった

やみのなか 雲の世界を
くぐり たたかい抜いてきて
きみの眼は 明るく澄んだ
岩をくぐってきた 水のように

ナチの吹く火と 斧の下で
きみが 頭を高くあげて
吹き鳴らした 角笛の音(ね)を
どうして 忘られよう

きみは パリの街まちを愛し
お花彼岸や 壁をうたった
パリ解放の日の きみの歓喜を
どうして 忘られよう

だが歴史には 落とし穴がある
きみは敵からも 味方からさえ
石や泥を 投げつけられて
思わぬ穴に 突き落された

だがきみは しっかりと太陽を
胸に抱いて 離さなかった
地獄を出た オルフェとは逆に
大地も未来も 見失わなかった

偉大な鏡 アラゴンよ
きみは細緻に 壮大に映した
稲妻と嵐の 二十世紀を
世紀の子を 世紀の美女たちを

またしても 狼が吠えたて
鳩を おどしつけているとき
きみのかかげた希望は いまも
わたしの耳に 鳴りひびいている

「だが 勝利の日が来るだろう
人びとの愛しあう日が 来るだろう
小鳥が いちばん高い梢で
歌うような日が 来るだろう」
       (一九八三年一月)

(注)本文中「 」の中はアラゴンの詩句。最後の一連は「エルザの狂人」のなかの詩。
*エルザ・トリオレ(一八九六〜一九七〇)─作家でアラゴンの妻。詩人マヤコフスキーの義妹でもある。