パブロ・ネルーダ

百の愛のソネット  朝 



一一番めのソネット

おれはおまえの髪に 声に 口に飢えながら
何もたべずに街をさまよって もう声も出ない
糧(かて)となるパンもなく 明け方からよろめきながら
日がな おまえの足音のせせらぎを探しまわる

おれはおまえの 滝のような笑い声にかつえ
すさまじい納屋の色をしたおまえの手に飢え
そうだ 蒼白い宝石のような爪にもかつえ
あのなめらかな巴旦杏(はたんきょう)のような肌をたべたい

おまえの美しさから燃えあがる光をたべたい
誇らかな顔にそびえたみごとな鼻をたべたい
ふと落ちては消える 睫毛(まつげ)の影をたべたい

飢えたおれは 暗がりをさぐって行きつ戻りつ
おまえの燃える心臓をさがしもとめるのだ
あのキトラテュエ砂漠の ピューマのように

一二番めのソネット

女ざかりの女よ 肉の林檎よ ぬくい月よ
なまめかしい海草の匂いよ 練りあわされた光と泥よ
どんなほの暗い明るみが おまえの円柱の間に開いているのか
どんな古代の夜が 男の五感をうっとりとさせるのか

ああ 愛するとは旅ゆくことだ 水があり 星があり
息づまるような大気があり いきなり粉の嵐がやってくる
愛するとは旅ゆくことだ 稲妻たちの格闘だ
二つの肉体が おんなじ一つの蜜で 潰(つい)えさるのだ

おれはくちづけしてまわる おまえのかわいい無限を
おまえの小川を 岸べを 小さな村むらを
すると 生殖の火は はてしもない歓喜とかわり

細い血の道をとおって 身ぬちを駆けめぐり
夜のカーネーションのように 咲き急いで
ただ くらやみのなかの 一条の光となるばかり

一三番めのソネット

おまえの足の先から髪へと 輝きのぼる光は
おまえの優しい姿をつつむ ふくよかさは
海の真珠でもなければ 冷たい銀でもない
おまえは 火に愛されたパンでできているのだ

小麦粉は おまえと一緒に 納屋から立ち上がり
ほどよい時間(とき)をふくらまされて 大きくなり
おまえの胸の小麦が 二倍にもふくれあがったとき
愛の炭火は 土のなかでせっせと働いていた

いくらたべられても 日の光とともによみがえる
おお おまえの額のパン 脚(あし)のパン 口のパンよ
愛する人よ パン屋の旗よ 看板娘よ

血のにじむ訓練をおまえに仕込んだのは 火だ
聖なるものをおまえに教えたのは 小麦粉だ
そしてパンからおまえは 言葉と香りをおそわったのだ

一四番めのソネット

おまえの髪をほめ讃える閑(ひま)が おれにはない
一本 一本 数えあげて 歌わねばならぬのだから
ほかの男たちは 恋びとの眼を愛(め)でたがるが  
おれは おまえの髪を愛でる髪結(かみゆい)でありたい

おまえのようなつややかな髪や 豊かな巻き毛は
イタリヤでは メドゥサ*の髪と呼ばれたものだが
おれは もじゃもじゃの 乱れ髪と呼ぼう
おれの心には 乱れ髪の入口がちゃんとわかるのだ

おまえが その乱れ髪のなかに迷い込んでも
おれが愛しているということを 思い出しておくれ
もしも すべての道が走っている この暗い世の中に

うつろいゆく苦しみと影とにすぎぬ この世の中に
おまえの髪なしで行こうものなら おれは迷ってしまう
おれの太陽は おまえの髪の塔から昇るのだから

十五番めのソネット

おまえがこの地上に生まれてから もう久しい
おまえは パンのように 木材のように 緻密だ
おまえは物体だ おまえは物質でできた房だ
おまえは アカシヤの重み 野菜の重みをもつ

まさしくおまえは在る おまえのすばやい眼は
ひらいた窓のように 現実を照らしている
おまえはまた チャン*の粘土でこねあげられて
恍惚とした 煉瓦窯(かま)のなかで 焼かれたのだ

空気や 水や 寒気のようにひろがる存在(もの)は
茫漠としていて 時間(とき)にふれて 消えてゆく
消える前に こなごなに 砕けるらしい

おれたちも石のように 墓穴に落ちてゆくだろう
そして 使いきれなかった おれたちの愛で
大地は生きつづけるだろう おれたち二人とともに

十六番めのソネット

そうだ おまえという地球のひとくれを おれは愛する
牧場にむらがる たくさんの遊星(ほし)たちのなかで
おれには おまえよりほかの星は いないのだ
そしておまえは何度でも 宇宙を生みふやすのだ

おまえのその 大きな眼にかがやいているのは
消えうせた 遠い星座から射してくるひかりだ
おまえの肌の上を 脈うち 走っているのは
雨のなかを 閃き走った 流星の道なのだ

おれにとって おまえの腰は 月であり
悦びにみちた その深い口は 太陽であり
赤い長い陽ざしに焼かれた おまえの心臓は

熱い光であり くらやみのなかの蜜なのだ
おまえの火の形姿(からだ)に おれはくちづけしてまわる
かわいいおれの遊星(ほし)よ 鳩よ おれの地図よ

十七番めのソネット

おお 火を吹く火矢のような カーネーションよ
おれはおまえを 塩の薔薇や黄玉(トパーズ)のようには愛さない
ひとが なにか ほの暗いものを愛するように    
おれも秘かに 影と魂の間(あわい)で おまえを愛するのだ

花を咲かせないで 花の明るさを そっとうちに
秘めている木のようなおまえを おれは愛する
おまえの愛のおかげで おれの身ぬちの奥には
大地から立ちのぼった香りが ほの暗く息づく

いつ どことも どのようにとも知らずに 愛する
ためらいも誇りもなく まっしぐらにおまえを愛する
それがおれの愛し方だ ほかの愛し方を知らぬのだ

ひしとより添って もうおれもおまえもないようだ
おれの胸の上に置いたおまえの手は おれのもので
おまえが眼を閉じると おれも眠りに落ちるのだ

十八番めのソネット

山をゆくおまえは まるで吹くそよ風のようだ
雪のいただきから駆けくだる 奔流のようだ
そうして 風に揺れなびく おまえの髪は
陽ざしにかがやく 高い木梢の茂みのようだ

コーカサスの光が おまえの肉体(からだ)に落ちた
小さな 果てしない壷のなかに射すように
壷のなか 透きとおった流れのめぐるごとに
水は 着物をきかえ 歌を変えるだろう

山やまを縫って 古い戦士たちの道がうねり
怒り狂う山裾の 金属の手をした城壁の間に
水の流れは 剣のように かがやいている

ついにおまえは 森からいきなり受けとるのだ
青い 空色をした花ばなの花束や 稲妻を
そして矢のように鼻をさす ふしぎな野の香りを

十九番めのソネット

おまえが イスラ・ネグラ*のあわだつ白い泡や
波間(なみま)の太陽や青い塩に 身を濡らしているあいだ
おれは 雀蜂が 自分の世界の蜜をもとめて
せっせと働く その仕事ぶりに見とれている

雀蜂は まっすぐ亜痲色に翔んで 行ったり来たり
まるで眼に見えぬ糸にひかれて 滑ってゆくようだ
そうしてその優雅なバレエと その細い腰の渇きと
意地わるな針のしでかす かずかずの刺殺(ころし)と

彼女の虹は エーテルとオレンジの花から成る
彼女は 飛行機のように 草のなかを探しもとめ
そよぐ穂の音とともに飛んでは 消えうせる

その間に おまえは裸のまま 海から上り
太陽と塩だらけになって この世にもどってくる
おお 砂から生れた剣よ きらきら映える立像よ

二〇番めのソネット

おれの意地悪さん おまえは棘(とげ)だらけの栗だ
めかしやさん おまえは風のようにうつくしい
意地悪さん おまえの口を二つにしてやろう
めかしやさん おまえのくちづけは新鮮な西瓜(すいか)だ

意地悪さん 二つの乳房をどこへ隠した?
まるで小さくて 二つの麦の酒杯(さかずき)のようだ
おれがおまえの胸の 二つの月を眺めたいのは
それがおまえの領土に聳(そび)える 巨(おお)きな塔だからだ

海の店でも おまえのような爪は売っていない
めかしやさん 花から花へ 星から星へ
波から波へと おれはおまえの肉体(からだ)を数える

意地悪さん その黄金の腰ゆえに おまえを愛する
めかしやさん その額の皺(しわ)ゆえに おまえを愛し
おまえの中の ほの暗い明るみを おれは愛するのだ



   縦書き by Nehan
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